ちょっとヒヤッとしたことを書いておく。たもはカナダでヨガを習っているのだけど(先学期はベリーダンスのレッスンに行ったりもしたが)今日ジムで着替えを終えて、ヨガのクラスに行こうと階段を下りていたら、ふとこれがいつもの階段でなく、間違えて非常階段を下りてきていたことに気づいた。あ、いかんいかん、と思って戻ろうとすると、なんと、入ってきたドアが開かない。
は?と思って何回も押したり引いたりしてみても、まったく開かない。どうやら非常階段は、逆からは開かないようになっているようだ。ええええーーー!どうしよーーー!汗 と思ってドアについてる小さい小窓から誰か通らないか見ていても、まったく誰も見当たらない。違う階のドアを見てみても、完全にロックされていた。
まじで!?と思って、残された私の道は、非常階段の最後の出口の一階から直接外に出るドアだったが、開けてみるとそこは一面の雪景色と高速道路。そして、ヨガに行こうと思っていた私は素足。いやいやいや!!
ここからは出れんわ!と思った私はもうひたすら誰かからの助けを待つしかなく、とにかくドアを中から叩きまくっていた。と、そうすること10数分、幸運なことにインドアテニスをしていた男性が気づいて向こうからあけてくれた。彼いわく、たまに私のような不運な生徒がトラップされることがあるんだとか。
大学とは怖いところだ。こんなにたくさんの生徒がいるんだから、一日に一人くらいこうして神隠れしたって気づかないに違いない。
2010年1月18日月曜日
ホッケーゲーム
昨日インドネシア人の友人とホッキーゲームを見に行った。hockeyは日本で言う野球である。つまり、カナダの国民的スポーツだ。その熱狂振りといったらすごい。hockeyをテレビ観戦する用のbarまであるし、夜地下鉄でホッキーのユニフォームを身にまとう人をたくさん見つけたときは、大抵試合があったときである。
とは言うものの、忙しすぎて先学期はそういったものを見に行く時間はなく、プロの試合は高い。ので、時間があるこの時期に、マギル大学対名も知らぬどこかの大学の試合を見に行った次第だ。
正直あまり期待していなかったものの、実際の試合はすごかった。観客と、試合リンクの距離が近い。というか、近すぎて怖いくらいだった。展開が速すぎて目で追うのがやっとである。また、彼らは非常に攻撃的で、試合中乱闘が幾度となくあったし、壁に激突することは至って普通、観客の野次もあからさまで、You guys suck!!などと、ことあるごとに叫んでいた。
McGill とConcordia 大学はお互いモントリオールにあり、学術的にもライバルであるためか、ホッキーの試合も非常に盛り上がるらしい。うん、また見に行かねば。
とは言うものの、忙しすぎて先学期はそういったものを見に行く時間はなく、プロの試合は高い。ので、時間があるこの時期に、マギル大学対名も知らぬどこかの大学の試合を見に行った次第だ。
正直あまり期待していなかったものの、実際の試合はすごかった。観客と、試合リンクの距離が近い。というか、近すぎて怖いくらいだった。展開が速すぎて目で追うのがやっとである。また、彼らは非常に攻撃的で、試合中乱闘が幾度となくあったし、壁に激突することは至って普通、観客の野次もあからさまで、You guys suck!!などと、ことあるごとに叫んでいた。
McGill とConcordia 大学はお互いモントリオールにあり、学術的にもライバルであるためか、ホッキーの試合も非常に盛り上がるらしい。うん、また見に行かねば。
2010年1月8日金曜日
げい 愛の形?
新年早々何を書くかと思えば、ちょっとゲイについて述べておかねばなるまい。というのは、今私が引っ越したアパート周辺にはゲイがたくさんいる。一番の理由はゲイの楽園、ゲイビレッジなるものに近いせいであるが。
はじめは衝撃的だった。スーパーで買い物をしている、手をつないでいる等々、日本では見ることのできない光景に結構出くわす。カナダはそういう意味で移民のみならず、こういった社会的マイノリティーに対して、比較的に開けた国であるのかもしれない。
驚いたとはいっても、ゲイの人々はまったく無害である。というか、むしろ自身が社会的に冷たい風にさらされることもあるためか、私のような外国人にも暖かく接してくれる。そういった優しさは、フランス語ができないため日常的に言語差別を受けている私にとって、やはりありがたい。
ただ私がこういったゲイの人々、考え方を、バイアスなく、心から理解しているかというと自信を持って頷けない。私の経験不足もあろうが、なんにせよこういったものは時間がかかるのだ。
はじめは衝撃的だった。スーパーで買い物をしている、手をつないでいる等々、日本では見ることのできない光景に結構出くわす。カナダはそういう意味で移民のみならず、こういった社会的マイノリティーに対して、比較的に開けた国であるのかもしれない。
驚いたとはいっても、ゲイの人々はまったく無害である。というか、むしろ自身が社会的に冷たい風にさらされることもあるためか、私のような外国人にも暖かく接してくれる。そういった優しさは、フランス語ができないため日常的に言語差別を受けている私にとって、やはりありがたい。
ただ私がこういったゲイの人々、考え方を、バイアスなく、心から理解しているかというと自信を持って頷けない。私の経験不足もあろうが、なんにせよこういったものは時間がかかるのだ。
2010年1月1日金曜日
今年を振り返って
この一年は怒濤だった。そして、そのほとんどを準備も含め留学が占める。したことがない、ということをいやと言うほどやって、不条理な目にも本当に、本当に死ぬほどあった。
しかし、ここから学んだこと、と思ってゆっくり考えてみる。この地に降り立つ前は、経営を違う視点から学ぶこと、アジアとまったく違う文化を体験すること、そして、語学力をつけること、が目標だったかなとぼんやり覚えている。
では、実際何を学んだだろう。上記のものは、当たり前のように体験できた。しかし、それ以上に学んだ、というか気づいたことは、今まで自分が、とても守られた、そしてとても恵まれた環境にいたということだった。
離れて気がつくとはまさにこのことである。日本には、家族や、古くからの友人がたくさんいて、頼りになる先輩、教授をもち、「わからないことは誰に聞けばよいか分かる」という環境に、当たり前のように浸っていた。しかし、それはどれほど恵まれたことであったか。
自分の持っていたものに改めて気づくなんて童話の「青い鳥」のようだが、やはり童話にはそれだけ人の経験に基づいたメッセージがあるんだろう。身をもって体験できたのはやはり素晴らしいことだった。
なんて書いてみても、じゃー今は恵まれた環境でないんかいーと思ったらそういうわけでもない。国から奨学金を2つも頂き、両親に支えられ、いつの間にかできたこちらの友人にも助けられ、ああ、やっぱり私は恵まれた子だな、と思って、おもむろに感謝した。そして、自分も誰かの感謝の一部であったならええなーと、恥ずかしいことも思った。
来年はもっとそういう人になれたらいい。少なくともそういう努力をしよう。よし、じゃーこれを来年の目標にしてしまおう。
しかし、ここから学んだこと、と思ってゆっくり考えてみる。この地に降り立つ前は、経営を違う視点から学ぶこと、アジアとまったく違う文化を体験すること、そして、語学力をつけること、が目標だったかなとぼんやり覚えている。
では、実際何を学んだだろう。上記のものは、当たり前のように体験できた。しかし、それ以上に学んだ、というか気づいたことは、今まで自分が、とても守られた、そしてとても恵まれた環境にいたということだった。
離れて気がつくとはまさにこのことである。日本には、家族や、古くからの友人がたくさんいて、頼りになる先輩、教授をもち、「わからないことは誰に聞けばよいか分かる」という環境に、当たり前のように浸っていた。しかし、それはどれほど恵まれたことであったか。
自分の持っていたものに改めて気づくなんて童話の「青い鳥」のようだが、やはり童話にはそれだけ人の経験に基づいたメッセージがあるんだろう。身をもって体験できたのはやはり素晴らしいことだった。
なんて書いてみても、じゃー今は恵まれた環境でないんかいーと思ったらそういうわけでもない。国から奨学金を2つも頂き、両親に支えられ、いつの間にかできたこちらの友人にも助けられ、ああ、やっぱり私は恵まれた子だな、と思って、おもむろに感謝した。そして、自分も誰かの感謝の一部であったならええなーと、恥ずかしいことも思った。
来年はもっとそういう人になれたらいい。少なくともそういう努力をしよう。よし、じゃーこれを来年の目標にしてしまおう。
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