2013年4月14日日曜日

花金には会社の人とは飲まないのです。

今日中学の後輩に会う機会があった。彼女が東京に就職ででてきたために、久しぶりの再開となった。相変わらずのたたずまいや話し方にほっとすると同時に、お互いにおおきくなったなあと感じざるを得なかった。

話題は自然と仕事の話になった。そうして話しているときに、気づくことがある。休日は、できるだけ会社の人に会わないほうがいい。そういってみて、何でだろう、と改めて考えてみた。平日死ぬほどあっているから。まあ、そうだろう。それは理由の一つには違いないと思う。でも自分で話していて、成るほど、と納得できた理由が自然に出てきた。

「価値観が狭くなるから」

言ってしまえば当たり前なのだけど、そこには沢山の意味がある。気がついたら社内言語で話してしまっている自分に気持ち悪さを感じるのと同じくらい、そこには落とし穴がある。会社、という空間にはそのそれぞれの会社に独特の価値判断基準が存在する。そして、そこから漏れる人、その基準とずれる人、その基準に届かない人、行動は、否定され、そうでなくても、ものさしに合わない自分が自分を否定してしまいがちだ。ただし、その基準は、会社の外に出ると、はたまた、仕事、という概念を越えると、それは全く意味を成さなくなることが多い。それを、日々忘れそうになっていないだろうか。それは、仕事だけとは限らない。きっと少なからず、人は自分の属する世界の価値観に縛られ、たまにちょっと落ち込むのだ。

以前シンガポールの友達に、your job doesn't define who you are といわれたことがある。それが、当時の私をどれ程勇気付けただろうか。私の価値は、きっと仕事と離れたところにも存在する。そして、そこは100%の私に対して、切り捨てられるほど小さい部分でないと信じたい。そういった当たり前のことに気づくには、やはりその閉じられた世界の外の人に会う必要がある。

仕事が一回りしたからこそ、そんなことの大切さは忘れずにいよう。それを刺激、と人は呼ぶかもしれないけど、私は回帰だと思う。そうやって落ち着いて自分を見る時間が、今後きっと今以上に大切になるはずだから。