2011年12月13日火曜日

満足って何だろう

目下バックパック中である。いやはや、中国のバックパックはアメリカでしたそれよりもほんとに安い。まずホテルが安い。一泊1500円くらいでめっちゃ広い個室部屋に泊まれる。(しかも選択肢なしの二人部屋である。二人でバックパックすれば更に安くなるだろう)。加えて、ご飯は安い。中国人と同じような場所で食べることに抵抗がなければ、100円くらいでゆうに食べれる。(初めでこそ抵抗があったものの、北京での生活ですっかり慣れた。むしろそういうとこの方が他の人と話す機会があって楽しい。)交通費だって破格である。(長距離列車の代金は日本の大体2-10分の1、市内バスは一回30円くらいである)

中国は限りなく中国人と近い生活をすれば安い。ただ、安いには理由がある。そう、そもそも中国人の平均月収はとんでもなく低いのだ。街を歩いていると求人広告を見かけることがある。いわゆる日本のパートは、月収1000-2000元程度である(13000円-26000円)。ここにきて、上記の料金がうなずける。決して安くはない。生活するのに適した料金設定になっているのだ。

中国の貧富の差は激しい。貧しい人はほんとに貧しいし、お金持ちは日本のお金持ちよりずっとお金持ちである。(私の友人は車を3台も持ち、家にはエレベーターがあった)。ただ、そんないわゆる下層の人が悲壮にひたっているかというと、そうではない。

散歩が好きである。たまたまそういった人が住んでいるところに迷い込んでしまうことがある。もしくは、道路掃除のおばさんが座っている側や、道端で籠みかんを売っているおじさんの横を通ることもあろう。そんな時に気づくのは、彼らから感じる満足感である。彼らは決して海外へ旅行に行ったり、子どもを留学させたりすることはできないだろう。ただ子どもの成長や、ご近所さんとの会話、友達と日向ぼっこしたり、誰が誰と結婚しただの、そういった話で盛り上がったり、子どもはお母さんを手伝ってみかんを売ったり、犬と遊んだり。いつ彼らに会っても、平和である。日常から生み出された満足感を、十分に享受している、という印象を受ける。彼らにとっては世界がどれほど広いか、なんて知るはずもないし、知る必要もないんだろう。

だから彼らみたいになればいいなんて、そんな簡単なことではない。ただ、満足感というのは、どこを基準にするか、何を知っているかに大きく依存していると改めて感じた。だからこそ、天井はない。車を3台持っている人は、5台持っている人を知ることで、不足感を感じる可能性はある。度を過ぎて満足を追求すると不幸せになるかもしれない。しかし、満足を追い求めることと向上心は紙一重なので、一概には言い切れないのも事実である。




2011年12月1日木曜日

お別れ

いっぱいお別れをした。

海外で留学するとはそういうことである。毎日の繰り返しが当たり前になったときに、突然終わりがやってくる。わかっているんだけど、やっぱり悲しい。旅行と違うのは、終わりの感覚が途中で薄れてしまうから、何かを突然なくしたように思ってしまうんだろう。23歳である。しかし、たもはお別れの時めっちゃ泣く。これはどうこうできることじゃない。喪失感が我慢出来ない。

しかし、同時にこれで終わりでないこともわかっている。以前カナダの友人に中国で会った。そう、みんなどこで次会うかなんて分からないし、案外結構すぐ会えるかもしれないんだ。