2011年10月10日月曜日

感謝しきれなくて

ここ北京において、カナダの大学の友人に会う幸運に恵まれた。彼はカナダ人であるが、両親のルーツは中国にある。何年かぶりに両親の故郷を尋ねる時、運良く会うことができた。

私のカナダ留学は、成功と呼ぶには程遠い。学んだことは計り知れない。しかし、出来なかったことがたくさんある。本当にたくさんある。その中でも一番できなかったと感じるのは、カナダを知ることである。文化が違った、機会もなかった。結果として、私が知っているカナダローカル人はさほど多くなかったような印象を覚える。本当に、彼らを知ることに必死だった。しかし、最後にはこれが文化の壁か、と感じざるを得なかった。それ程、本当の意味でその壁を超えるのが難しかった。まるで誰も私の話を聞いてくれない、と感じるそんな壁である。私がカナダに残したものなんて、何も無いんじゃないか。そう思わずにいられなかった。

彼も、知ってはいるが、という程度の友人だった。帰国直前に知り合い、一度食事をカナダでし、何度か話をしたくらいである。私はその後すぐ帰国したので、よく話す機会などなかった。しかし、ここ中国で彼に会うことは、後で非常に大きな意味を持った。


彼は私が中国にいることに非常に驚いていた。私の姿勢を、本当に褒めてくれた。カナダにいたときに話せなかったことを、とてもたくさん話した。何時間も座って、たわいのないことから中国、カナダ、日本のこと、過去のこと、将来のこと、彼は私の話を本当に興味を持って聞いてくれたし、彼の口から聞くカナダ中国は、本当に本当に興味深かった。そうか、あのカナダの大学の学生は、こういうふうに考えて過ごしていたのか、と今更になって理解できた気がした。本当に、偶然がくれた宝物である。あの必死でカナダ人と繋がりたいと思っていたときに戻って、彼にもっと早く会えていたなら、私のカナダの生活はどうなっていただろう、と考えてしまった。

そんな時、驚いたことに彼は、「2年前に戻って、悠加ともう一度もっと早く知り合えたら良かった。もしできるなら、2年前悠加がカナダにいた時に戻りたい。君はその時の僕を探して、後ろから肩を叩いて、友だちになって欲しい、と言って欲しい。僕は必ずYes、と言うから。」と言ってくれた。

まあ、なんとくさいセリフだろう。しかし、私はちょっと泣きそうになった。そんなこと無理だってわかっているけど、こんなことを言ってくれる人に出会えただけでも、私があの時間、あの場所にいた事には意味があったに違いない。彼は、カナダに帰っても絶対私のことを忘れない、絶対、また会おうとも言ってくれた。彼は多分私がどんな気持ちで彼の言葉を聞いていたかなんて、知らないんだろう。私は、カナダに何も残さなかった訳ではないのだ。

もう今はただ幸運と彼に感謝するのみである。辛い事が多かったからこそ、こんなことがとてつもなく大きな意味を持つ。私だって彼を忘れたりなんか絶対しない。約束したのだから、また必ず会うのだ。






2011年10月4日火曜日

最初の一ヶ月を終えて

中国での最初の一ヶ月が終わった。できたこと、できなかったことを考えてみようかなーと思った。

中国語は現在進行形で頑張っている。伸びたかと言われればイエス、話せるかと言われれば、時によりである。トラブルにおける基本的な欲求を伝えることに問題はなくなってきた。道を聞かれて教えてあげることも、3回に1回くらいできるようになってきた。ただ友人に、あーこれ教えてあげたら面白いのになーということで我慢することは、やはり未だ有る。ただ語学という面では、1ヶ月頑張ったように思う。

加えて、現地の中国人とたくさん話す機会もあった。ひょんなことから知り合った学校内の中国人の友人と話したり笑ったり、カナダではあれ程難しかったことができている。また、ボランティアで手伝っている授業でも、多くの中国人と知り合った。やはり、向こうがこちらに興味が有ることが大きく手伝っているように感じる。ただ理由はなんであれ、非常にありがたい事だなあと思う。


以上2つが目下定めた目標の中で、前向きなもの。いやーたも、頑張ってるやん。でも、毎日の生活の中で、心から楽しめていないと思う瞬間もある。先を考えてしまう。時間がすぎるのが怖い。多分毎日毎日を盲目的に楽しめばいいのだと思う。ただ、それがどれ程難しいことか。

怖がっても時間の進む速度は変わらないのだから、全く意味のないことだっていうのは分かってる。だから、今は目の前に有ることすべてに感謝して、毎日を楽しみたい。