私のカナダ留学は、成功と呼ぶには程遠い。学んだことは計り知れない。しかし、出来なかったことがたくさんある。本当にたくさんある。その中でも一番できなかったと感じるのは、カナダを知ることである。文化が違った、機会もなかった。結果として、私が知っているカナダローカル人はさほど多くなかったような印象を覚える。本当に、彼らを知ることに必死だった。しかし、最後にはこれが文化の壁か、と感じざるを得なかった。それ程、本当の意味でその壁を超えるのが難しかった。まるで誰も私の話を聞いてくれない、と感じるそんな壁である。私がカナダに残したものなんて、何も無いんじゃないか。そう思わずにいられなかった。
彼も、知ってはいるが、という程度の友人だった。帰国直前に知り合い、一度食事をカナダでし、何度か話をしたくらいである。私はその後すぐ帰国したので、よく話す機会などなかった。しかし、ここ中国で彼に会うことは、後で非常に大きな意味を持った。
彼も、知ってはいるが、という程度の友人だった。帰国直前に知り合い、一度食事をカナダでし、何度か話をしたくらいである。私はその後すぐ帰国したので、よく話す機会などなかった。しかし、ここ中国で彼に会うことは、後で非常に大きな意味を持った。
彼は私が中国にいることに非常に驚いていた。私の姿勢を、本当に褒めてくれた。カナダにいたときに話せなかったことを、とてもたくさん話した。何時間も座って、たわいのないことから中国、カナダ、日本のこと、過去のこと、将来のこと、彼は私の話を本当に興味を持って聞いてくれたし、彼の口から聞くカナダ中国は、本当に本当に興味深かった。そうか、あのカナダの大学の学生は、こういうふうに考えて過ごしていたのか、と今更になって理解できた気がした。本当に、偶然がくれた宝物である。あの必死でカナダ人と繋がりたいと思っていたときに戻って、彼にもっと早く会えていたなら、私のカナダの生活はどうなっていただろう、と考えてしまった。
そんな時、驚いたことに彼は、「2年前に戻って、悠加ともう一度もっと早く知り合えたら良かった。もしできるなら、2年前悠加がカナダにいた時に戻りたい。君はその時の僕を探して、後ろから肩を叩いて、友だちになって欲しい、と言って欲しい。僕は必ずYes、と言うから。」と言ってくれた。
まあ、なんとくさいセリフだろう。しかし、私はちょっと泣きそうになった。そんなこと無理だってわかっているけど、こんなことを言ってくれる人に出会えただけでも、私があの時間、あの場所にいた事には意味があったに違いない。彼は、カナダに帰っても絶対私のことを忘れない、絶対、また会おうとも言ってくれた。彼は多分私がどんな気持ちで彼の言葉を聞いていたかなんて、知らないんだろう。私は、カナダに何も残さなかった訳ではないのだ。
もう今はただ幸運と彼に感謝するのみである。辛い事が多かったからこそ、こんなことがとてつもなく大きな意味を持つ。私だって彼を忘れたりなんか絶対しない。約束したのだから、また必ず会うのだ。
そんな時、驚いたことに彼は、「2年前に戻って、悠加ともう一度もっと早く知り合えたら良かった。もしできるなら、2年前悠加がカナダにいた時に戻りたい。君はその時の僕を探して、後ろから肩を叩いて、友だちになって欲しい、と言って欲しい。僕は必ずYes、と言うから。」と言ってくれた。
まあ、なんとくさいセリフだろう。しかし、私はちょっと泣きそうになった。そんなこと無理だってわかっているけど、こんなことを言ってくれる人に出会えただけでも、私があの時間、あの場所にいた事には意味があったに違いない。彼は、カナダに帰っても絶対私のことを忘れない、絶対、また会おうとも言ってくれた。彼は多分私がどんな気持ちで彼の言葉を聞いていたかなんて、知らないんだろう。私は、カナダに何も残さなかった訳ではないのだ。
もう今はただ幸運と彼に感謝するのみである。辛い事が多かったからこそ、こんなことがとてつもなく大きな意味を持つ。私だって彼を忘れたりなんか絶対しない。約束したのだから、また必ず会うのだ。
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