2009年12月29日火曜日

帰ってきたら雪国でした

実は先日アメリカに一人旅に行ってきた。モントリオールからバスでボストンへ下り、ニューヨーク、ワシントン、フィラデルフィアというように、右から左へと移動した。奇跡的に期末テストがひとつもなかったので、長い休みだったためと、友人が皆期末テストで遊べないからなどなど、理由は色々あったが、とりあえず一人でじっくり自分と向き合う時間もほしかった。

しかし、初めての一人旅は冒険である。行く前はかなりびびっていた。しかし、旅先で出会った人々のことは忘れられない。英語が話せてよかったと、ここにきて初めて実感した気がする。
ボストンは非常に古い町だった。港の景色も美しく、大学が多い学生の町でもある。ハーバードビジネススクールにもぐりこんだ後、フリーダムトレイルを辿り、ああ、アメリカ史勉強しとけばよかったと少し悔いた。

ニューヨークは一変して大都会である。無理に冒険してえらい郊外で迷子になったことを除けば、動きやすい町であった。私の滞在中にタイムスクエアで殺人事件があったらしいが。とんでもなく寒いホステルでであった女の子とクリスマスツリーも見に行った。
ワシントンはまさにゴーストタウンだった。人通りもなく、店は5時に閉まる。日曜日に訪ねた私が悪いが、やはり政治の中心かつ計画都市といった感じがした。しかし、本でしか見たことのない名画にたくさん出会うことができた。

フィラデルフィアでは古い友人にたくさん会うことができた。彼らもまた忙しいであろうに、無理して時間をつくってくれたことに感謝したい。フィラデルフィアはどこかしらモントリオールににている。見所がたくさんあるにもかかわらず、目を引いたのはKOREAN WAR MEMORIALだった。というのは、これに対するアメリカ視点をはじめて見た様な気がしたからかもしれない。
つらつらと書いたが、やはり一人旅をするならホステルは最適の場所である。ここで知り合った人々や、一緒に過ごした時間はきっと私の人生の財産だ。しかしまた同時に、訪ねる友人がいるのは、疑いようもなく素晴らしいことである。

やりのこしたことはたくさんあった。それは次回のための言い訳にとっておくことにする。

フィラデルフィアからはフライトで帰ってきたが、モントリオールに降り立ったとたん、あたりは銀世界だった。30cmの雪、雪。まさにこいつが私を一気に現実に引き戻したといった感じだった。

2009年12月6日日曜日

ななめに見てみる

今日日本人の友達とお茶にいった。彼女はもう日本へ帰ってしまうのだが、彼女の話から思ったことがある。

彼女はここでの生活が本当に楽しくて、帰るのが嫌だという。話を聞いていると、何もかも円満円満、本当に苦労とは程遠い生活を送ってきたようだった。自分の苦労を照らしてみて、ああ、いいなあと羨ましく思った。

が、はたと思いとどまる。本当にこんな円満だらけの留学生活があるだろうか。彼女の話が嘘だと言っているのではない。彼女は、やはり人並みの苦労を経験した留学生活だったはずだ。では、決定的な違いは何か。

やはりそれは、気の持ちようではないかと思う。何もかも、彼女は前向きに捕らえることができるのだ。それが彼女の天性のものかどうかははっきりしない。が、少なくとも、私はここで学ばなければいけないだろう。暗い部分を無視するでなく、ほんの少しだけ明るいところを前に押し出すだけで、同じものが違った角度から見えるに違いない。

となるとなんだか抽象的だが、正直どう表現していいかわからん。ただ、彼女の話し方から学んだことは多い。

2009年12月2日水曜日

Group work

たもはグループワークが嫌いである。基本的に個人主義なのに加え、ここのグループワークの仕方が気に食わない。ここのグループワークは、適当に配当して個人でリサーチ、最後に合体というかたちをとることが多く、頭と尻尾でいっていることがばらばらということも少なくない。しかも前述のとおりディスカッションになるとついていけん。

あるチームは大変私に気を使ってくれ、逆に発言しにくく、あるチームはまったくほっとかれるためついていけない。うーん、バランスっていうのは難しい。ただ、ひとつのチームは、全員留学生であるため(交換留学は私だけだが)比較的発言しやすく、なんだか貢献できてる感じが、他のグループワークより得ることができる。私の意見も聞いてくれ、気に入らなかったら反抗もしてくれる。やっぱり、こういうのが理想だろうか、と思う。

明日そのチームのプレゼンテーションをもって、すべてのグループプロジェクトは終了し、同時に私の最初の学期も幕を閉じる。たとえ観客にぼこぼこにされても、とりあえずやることはやった。