2012年3月7日水曜日

うさぎとの夢

たもは正義感が強い方だ。といえば聞こえはいいが、つまりは自分が勝手に「正しい」と思うことを、貫かんと背中が痒くなるだけである。理不尽、という言葉が一番嫌いだ。自分に厳しく、ついでに他人にも厳しい。むむう。

中学の頃である。クラスの係を春に毎年決める。たもはうさぎと戯れる飼育係をやりたかった。立候補はたもと、クラス一番人気の、女子一人。たもはあの荒れた中学では決して目立つ様なことはせず、なるべく波風立てないように生きてきた。そして、おそらく自分が勝つと相当に自身があった彼女は、「クラス投票にしましょう!」と朗らかに自ら申し出、クラスもおっしゃーという雰囲気になっていた。

後にも先にも、中学でたもが切れたのはこの時だけである。ものすごい音で机をたたき、「なんで自分ですることを、人に決められんとあかんのですか!」とクラスに向けて怒鳴った。生徒だけでなく先生までびっくりさせた結果、くじ引きに変更され、たもは結局敗北、うさぎとの夢は敗れ去った訳だが、納得感満々で下校した。

べつにうさぎにそこまで執着があった訳ではない。ただ、理不尽、だと思ったから「正す」必要があっただけだ。この出来事は今でも鮮明に覚えている。

ただし、正しい、ということが絶対評価でないことは、学んでいかないといけない。ものさしは人によって違う。加えて理想は、理不尽、と思っても、それが全て正されるわけではない、ということを、本当の意味で理解すること。わかってはいるんだけど、まだグレーゾーンを許しきれないところは、子どもなのかもしれない。

2012年3月5日月曜日

こまぎれ

就職が近くなってくるにつれて、引っ越しの手続き等、現実味が増してきた。たもは、4月からコンサルタントの卵として働くことになる。

正直、めっちゃ不安である。不安の要素は3つぐらいに分解できて、社会人になるという不安、東京に住むという不安、そして激務への不安である。中国へ行く前は、正直毎朝鬱であった。朝起きるたびに、この不安へまた一歩近づいていると感じて、怖くて、怖かった。

ただ、中国にいってからちょっとだけ考え方が変わった。人生はゼリーみたいに変幻自在だと感じた。就職は死刑宣告ではなく、長い人生の一部分なのだ。それでいて、日常ではあえてその長さに圧倒されずに、毎日を断片的にとらえ、こなし、ささやかな幸せを見つければいいのだと、感じた。

社会人になっても、日記を書きたい。時間がなくても、短くても、発見を大切にしたい。友達家族とつながっていたい。それって、そんなに贅沢なんやろうか。