2011年7月24日日曜日

試験勉強

非常に忘れがちだがたもは腐っても学生である。ので、当然試験がある。おそらく学生生活最後の試験になるだろうが、まーこれが進まない。

高校生の時は平気で10数時間ぶっ通しで勉強できて「はっ!ご飯!」となることがあった。今では全く考えられない。2-3時間勉強すると集中力が切れ始め、恐ろしくどうでもいいことを考え始める。

ただ、カナダから帰ってきてから勉強の仕方は変わったかもしれない。先生のオフィスアワーをよく利用するようになった。京都大学はオフィスアワーを利用する学生が比較的少ないので、簡単に先生を独り占めできる。(カナダのように、30分きっかりしかあかん、とか言われないし、その日は予約いっぱいやーとも言われない)そして、先生はそんな珍しい生徒を大変歓迎してくれる。

先生と議論している時間は楽しいし、とても贅沢な時間のように感じる。世界レベルの知識人としゃべり放題って、多分まさしく学生の特権だろう。みんながみんなこれをやりだしたら、きっと先生は大変やけど、是非より多くの学生にオフィスアワーの大切さに気づいてもらいたい。

2011年7月19日火曜日

カメラ

を最近使わなくなった。なんでだろう。多分忙しいことも理由のひとつかも知れない。

カナダにいたときは毎日カメラを運んでいた。些細な一瞬を見逃したくないという貪欲さを持って毎日過ごしていたように思う。特別どこに遊びに行かなくても、ねこを見つけては撮り、子どもを見つけては撮り。おもろい看板を見つけては撮り、ご飯を食べては撮り。


友人は私を典型的なアジア人だと笑ったが、こういう姿勢で毎日過ごすのは大切かもしれない。ただでさえ嵐のように過ぎていく日常を、ちょっとだけでも記録しておくのは粋な気がする。世に言う「リア充」か。

忙しさに負けずに毎日を楽しむ努力をしよう。悩み事は多く、すぐに解決するわけでもないけど、それに日常を持って行かれてはあまりにも勿体無い。とりあえず、カメラを充電してみよう。

2011年7月3日日曜日

たもって将来

何になりたいんだろう。分かってたはずなのに、わからなくなってきた。そして前回の投稿を見ても、全く進歩していないことが伺え、ため息が100回くらい出そうだ。


将来への選択は優先順位の問題だと思う。人によって大切なものはもちろん違う。お金だったり、地位だったり、自分への時間、家族、世界平和etc etc...たぶん要素はめっちゃいっぱい存在して、その中で優先順位を付けるのだろう。

じゃあ、たもの優先順位ってなんだろう。なんとなく、国際的で、将来への可能性・・・みたいな、もやっとした軸であったような気がしている。いやいや、10数年前には、ちびまるこちゃんみたいな漫画家になりたかったはずだから、軸すら存在してなかったな。そう考えるとやはり真面目になったのか。うむ。


今たもに与えられた1つの選択肢は、贅沢すぎるものである。多くの人が欲しがり、そのために必死に努力するものを、なんの縁あってか頂いた。しかし、これは私がしたいことなんだろうか。多くの人が肯定することが、すなわち自身の肯定になっていないか。

100%満足のいく進路に万人が進むわけではなく、与えられた選択肢から人は幸福を探すのだとも理解している。でもなーまだそこまで大人になれへんねんなー。

この不安はおそらく社会人になることへの不安も包括しているんだろう。守られた「学生」から、一社会人になることへの不安は、おそらく絶大だ。ただし、進路を考えるに当たっては、とりあえずそういった不安は横に避けて、純粋に選択肢に目を向ける必要があるんだろうな。