2011年1月13日木曜日

内定者ミーティング

今、東京にいる。もしかして、来年一緒に働くかもしれない人々と会うためだ。嬉しいはずなのに、なんとも言えないこの不安感はなんだろう。

たもには、今内定がある。ほんとに、いつの間にかある。競争を潜りぬけ、いわゆる世間一般に言うめっちゃむずかしい会社からオファーをもらったらしい。身に余る光栄だとおもう、が、しかし。

一緒に働く人が誰なのかということは、とても大切だとなんとなく思っていた。というのは、いわゆる就活セミナーに行くたびに、内定者が出てきて話をし、働いている人で決めました!と顔を輝かせて言うからだ。ではもし、一緒に働く人がたもと全く合わなかったらどうしよう。不安の根源はどうやらここだ。入るための競争が厳しすぎたために、集まる人はきっと化物みたいな人々なんだろう。そんな人々と、性格的にも、気持ち的にも、一緒にやっていけるだろうか。

自分もまた選ばれたことには意味があると思いたい。ただ、その意味が一体どこに見出されたのか、未だによく分からない。

2011年1月6日木曜日

そろそろ大人にならねば

大人にならないといけないな、と思う。いやはや、早いもので、今年でもうすぐ23歳ですから。小さい時は、大人=正しい と思っていたけど、いわゆる大人に自分が近づいてきたにつれ、どんなに大人の人でも、すべての人が正しい訳ではないと気づいた。年をいくらとっても、いろんな要素において、ちょっと、という人はいる。年齢と比例して、人は大人になれないのだ。

そもそも大人の定義ってなんなのさーとか、理屈っぽい人は言い出すかもしれないが、そういうのはめんどくさくてタモは嫌である。たもは自分の理想とする大人像を持ち続けて、そこにじわじわ近づく努力をしたい。よく言う大人への階段である。それはきっと一段飛ばしとかいう裏技は許されないはずなのだ。

たもは、恋愛、交友、仕事/勉強 をバランスよく保ち、育てたい。そして、例えそのどれかが欠けたり傾いても、残りでしっかりと支え崩れない自分になりたい。これがたもの思う理想的大人だ。たもはどれかが傾くと結構引きずる、と思う。加えて、結構根に持つタイプだとも思う。でも、よくよく考えると、そういう事をする時間と労力は、限りなく無駄に等しいかもしれない。なぜなら、一つ一つの要素が大切であるのには疑いが無くとも、相対観、全体観、で見たときに、底にかける時間労力の対効果が低すぎる。人生は、瑣末なことに気を取られすぎることを許すほど長くはないし、たもはまだ見たり知ったりすべきことがたくさんあるのだ。

2011年1月4日火曜日

新年明けまして

ブログの存在を忘れていた。自分はあきっぽいと思っていたけれど、これはちょっと情けないわーと思う。自戒と刺激の意味も込めて、細かに今年は日記を書くことにしよう。去年はいっぱいの経験をできた年だった。まったく、去年の今頃自分が本当に違う暮らしを生きていたことが、信じられない。今年も、人に学び、自分を振り返る一年にしよう。

今年は、中国語を一生懸命頑張って、英語も自信を過信せず、勉強を続けよう。それから、もっと我慢が出来る人になれたらいいな。こんなたもに飽きずに付き合ってくれる人々に感謝、感謝しよう。