2011年4月26日火曜日

23歳になります

今月28日、23歳になります。最近、年を取るのが気が重くなってきた。もちろん「年をとる」という事実自体も好きではないけれど、それ以上に、年齢に自分の中身が付いて行っているかが不安で、気が重くなっている。年は一年毎に一歳ずつジャンプする。しかし私はあくまでも、なだらかな曲線を描きながら変わっていく。一歳分の変化を、この一年で十分できたかは、分からない。去年と変わったことってなんだろう。

とりあえず職は得た。インターンもした。だから、ビジネス面で言えば去年にない経験を持ったことになる。でもそれらは単なる事実であって、そこから得たもので、根本的な私が変化したかは、謎。やはりいつまでたっても、自分に甘く、非常識で、見通しもない私だ。ただそれでも、将来のことを以前よりちょっと考えるようになったのかな・・

話は違うが、私の誕生日にはちょっとしたジンクスがある。誕生日直前に、あんまり良いことがおこらないのだ。しょぼーんとした気持ちで誕生日を迎えることが、過去数えきれないほどある。去年もそうで、誕生日直前の悲劇に、「またか!」と、もはや自虐的なつっこみを入れた。しかし、去年悲しい気持ちで誕生日を迎えなかったのは、友人に囲まれていたことだ。ジンクスを、カナダで出会った優しい友人達が埋めてくれた。

別に特別なことをしたいわけではなく、ただ家族でも、友人でも、誰かと一緒にいたいと思う。生まれた日を誰か共に過ごす人がいるというのはとても幸福なことで、そうしてくれる人々に感謝の気持ちを忘れないための日であると思うからだ。


2011年4月17日日曜日

選択

人は様々な場面において選択を迫られる。私はこれがめっちゃ苦手だ。いつも万全に情報があって選択できるわけではない。時には、まじか!という位、限られた情報に基づいて決定を行う必要がある。だからなおさら、あっちが良かったかなーとか、後で考えて落ち込む。選ぶという事は、残りの可能性を捨てるということだ。そこに、莫大なストレスを抱えている。

今、いくつかの事象において、人生の大きな選択を迫られている。小さくは仕事、大きくは将来。そして、私は最善だと思われる決断すべきだろう。でも、今回は成り行きにまかせてみている。結局あるべきものは、あるべきところに収まるものではないのか。と、最もらしい言い訳をしている。